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「100年後の石材店への手紙」を募集中です!

「100年後の石材店への手紙」募集中!
〜100年後の石材店へ、メッセージを残しませんか?〜

皆さんは、「100年後の石材店」に、どうあって欲しいと思いますか?
今のような状況が続いていると思いますか?
現状おかれている皆さんの立場から、「100年後の石材店への手紙」を下記までお寄せください。
石文社編集部 e-mail:sekibunsha@mua.biglobe.ne.jp

資格、文字数は問いません。また内容を審査するものではありませんので、お気軽にお寄せください。

お手紙を寄せていただいた方には、五来重監修『わかりやすい お墓と仏事』(石文社)を差し上げます。

なお、匿名希望の場合は、その旨をご記入ください。またイニシャル希望、ペンネームがある場合は、それをお書きください。

ご寄稿いただいた順番に、随時「いしぶみ」WEB上で紹介させていただきます。

なお、企画は「お墓100年プロジェクト」日本人のお墓セミナー(2012年3月)から開始しています。

100年後の石材店へ・・・(11)吉岡盛二郎さん

これを読んで頂いている石屋を含む関係者の皆様、こんにちは。

私は2012年で49歳のいま、石屋らしい石屋を営んでおります。百年後には石屋という言葉があるかどうかも分かりませんが、自然石に携わる職業の方と言うべき形になるのでしょうか? いまの私は、自分から発信する言葉ではなく、百年先の未来を知りたくてたまりません。

例えば、自然を破壊するとかで、石材の採掘は禁止されていませんか? 漁業でも鯨や鮪なども大なり小なり規制されています。過去の年表を見て頂くと分かります。

たぶん、お墓はあると思いますが、留守になっているお墓はいっぱいありませんか?

この私が石屋になって30年余り、その間に変わったと言えば、2〜3人で石を引き取り、戒名を彫刻後、また取り付けの工程からひとりで現場彫刻ということや、目地仕上げがセメント類の仕上げから石材用コーキング剤となったり、基礎工事では、コンクリートパイルを打ち込むように変わったことです。

石で出来そうな物は、ある程度はつくってみました。石あかりとか、動物キャラクターとかです。

百年後の皆様はいかがですか? 手づくりはやってますか?
もし制作されているなら何をつくられているのでしょうか?

いまの自分から百年前の石屋職人さんには、封建的な社会や風習から推察するに、狛犬や狐や地蔵様、観音様ほか、必ず神仏にまつわった仕事としての歴史が感じられます。

たとえて言うならば、茸や果物の柿、りんご、ぶどうや野菜の大根、人参、芋等を石で丸彫も含め、レリーフやトルソといった造りで制作でもしようものなら―“この大馬鹿野郎!!そんなもんつくって何になりやがる!!仕事もしねーで変な物つくりやがって!!てめーそれが喰えんのか!!さっさと仕事をしやがれ!!ろくでなし野郎!!”こんな具合でしょうか。現在でもその風習は少し残っているかもです。

ですが、いま現在、仕事が出来て当然な対応ですと、柿やりんごを造形して石でつくることは、“そんなもん簡単だよ”“なあに?あんたつくれないの?”とか野次られそうな時代です。

本当に百年後やそれ以上の年月の先には、どんな作品が立ち並んでいるのか、楽しみでなりません。

加工技術もどうでしょうか?

ダイヤモンド工具、サンドブラスト、エアーニューマー、サンダー、手道具が現在ですが、レーザービームで石を切れたら(加工できたら)素晴らしいと思ったりしてしまいます。医療技術と同じで、いま出来ないことが将来できてしまうこと。それが百年後には何が出来てしまうのか?

また仮に出来ないことへの課題は何なのか? 何に悩んでいるのか? 真空で高温高圧のコンテナの中で石の木っ端をドロドロにして石の再生でも試みてますか?

叫びたくなったら羞恥心をかき捨てて叫んでみるのも一献です。

どうぞ百年後を語るように話しかけて頂きたい。

平成24年8月27日 午後5時
さいたま市 吉岡石材工業 吉岡盛二郎




100年後の石材店へ・・・(10)中島雄大さん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

初心を忘れずに頑張って下さい!!


敬具
投稿者:中島雄大さん(石嶽石工業(有))


100年後の石材店へ・・・(9)佐藤周実さん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

いつの時代も石屋を大好きでいてください。
石をカタチにできるのは自分たちだけです。

敬具
投稿者:佐藤周実さん(石嶽石工業(有))


100年後の石材店へ・・・(8)會澤正夫さん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

いくら時間がたっても石を大事にしていってほしいです。
石は無限ではなく有限。いつかはなくなってしまう物ですが、自然の物という事を忘れないでほしいです。
技術もそうですが、知識もどんどん未来に繋げていってほしいです。
今の石屋を作った人はもちろん過去の人です。でもその人達の気持ちは同じだと思います。その気持ちを自分は持ち続け、未来に繋げていきたいです。

だから、50年後、100年後の石屋の人達に言いたいです。
新しい事や新しい物は本当にいいと思うけど、過去の事は捨てず持ち続け、伝統ある石屋を守っていって下さい。

敬具
投稿者:會澤正夫さん(石嶽石工業(有))


100年後の石材店へ・・・(7)木村信一郎さん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

50年後、100年後も現在と違った問題にぶち当たっているんでしょう。
それでも頭をかかえながら石屋をやっていますか? 石の需要はありますか? 2次製品に負けていませんか?
何にしても、何百年たっても石のすばらしさを後世に伝えていって下さい。

敬具
投稿者:木村信一郎さん(石嶽石工業(有))


100年後の石材店へ・・・(6)Y.Mさん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

石屋の技術は受け継げていますか? 古くからの加工の技術を海外に負けないようになっていますか?
石を叩く事が少なくなっていると思いますが、加工する楽しさ、おもしろさを伝えていってください。

敬具
投稿者:Y.Mさん


100年後の石材店へ・・・(5)N.Kさん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

今、日本の石材店はどうなっているのでしょうか?
とんでもない被害となった東日本大震災から約1年近くが経ち
復興の兆しと今までのツケが回ってきたような感じがする今日この頃です。
一番気になるのは日本で墓石用の石がまだ採れているのでしょうか?
と言うより採られているのでしょうか?
さらに「墓石」という物は存在しているのでしょうか?
昨今のお墓を巡る気運はやれ「自然葬」だの「樹木葬」だのと、お墓が「石」であった事の意味すら無くなってきています。もし「墓石」という物が無くなっていたとしたら恐らく私達の時代のせいかもしれません。

もし「墓石」という物が残っていると仮定して相変わらず口先だけの「石屋」を名乗る人々がまだ大勢いるのでしょうか?
外国にものづくりを任せて、下手すれば組み上げすらせず、右から左へテレビや洗濯機のような家電を売っているような「石屋」が横行しているのでしょうか?
今、この現在でも革靴履いた「石屋らしき」人々が偉そうに「石屋」を語っています。僕は「石屋」である前に「石工」でありたいと思っています。もちろん技術的には本当にお恥ずかしいレベルなのでありますが、「ものをつくる」事をやめてまでこの「石屋」という仕事を続けたいとは思いません。
それでは「石屋」ではあるかも知れないけど「石工」では無いですから。

山で石を採る石工、それを加工する石工、それに文字を彫り、据え付ける石工。
その一部分でも自分が関与していたいと思って今は続けています。
そしてこの様々な行程でそれぞれの「石工」の気持ちを込めて造った物がお客様の手元に届き「お墓」になると信じています。

この手紙を読んでいる方が「石工」であることを願います。

敬具

投稿者:N.Kさん


100年後の石材店へ・・・(4)H.Nさん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

50年・100年後の日本はどのようになっているのでしょうか?

日本の経済や国民の生活、生まれ故郷や住んだ町に今の面影が残っているのでしょうか?

親と子、兄弟、親戚、先輩・後輩、同僚・友達などの人との関係は大切にされているのでしょうか?

50年・100年後の日本は、亡くなった方をどのように弔っているのでしょうか?

今が2012年。今から100年前だと1912年という事となり、明治45年・大正元年だと考えると、
100年の年月の経過は、世界や国はもちろん人の生活はすっかり変わっているのではないかと感じます。

もし、そんな中で石材店が今と変わらず、活躍しているとしたら、人々から何を求められているのでしょうか?

求められているのは、おそらく商品ではないと私は思います。
もし未来で活躍している石材店がいるとしたら、もしかすると時代と共に名前が変わっているかもしれませんが、
その石材店の人は、とても「人の継り」を大切にしている方ではないかと思います。
家族や親戚、友人はもちろんのこと、全ての「人の継り」を大事にしたり、伝えたり、
人々から心の拠り所を求められている方ではないかと思います。

人が拝むものを扱っている私達は、自覚しなくてはならないと思います。
例えば、普段から悪い事ばかりしている人が適当に建てたものを、人は心から拝む事が出来るでしょうか?
殺伐とした今の世の中で、私達の役割は、とても大切なものだと思います。

今の私では、まだまだ未熟で何も出来ておりませんが、
少しでも50年後・100年後の未来に継げていけるように努力・精進していこうと思います。
                                  
敬具
投稿者:H.Nさん

100年後の石材店へ・・・(3)T.Kさん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

「月刊石材」購読してますか?


敬具
投稿者:T.Kさん


100年後の石材店へ・・・(2)北條保さん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

いまは、東日本大震災より一周忌を迎えた2012年3月。
これが読まれているのは、未来の時代。 被災地の未来は、どうなっていますか?

この1年、多くの被災された地を、何度もまわりました。
そして、お墓100年プロジェクトで学んで、伝えたかったもの。

被災地での光景。
それは圧倒的なほど、果てしなくつづく泥色の世界のなかで、生きる世界。
そして、手を合わせる多くの人たち。

『尊き世界』。

もし、この被災地の方々からお墓を依頼されたら、きっと力一杯の墓石をつくるだろうと思います。


いつからだろう。
墓石がモノとして、扱いだされたのは・・・。
いつからだろう。
お墓に見栄えを重視するあまり、尊厳がなくなってしまったのは・・・。

いま、お墓の意味が見失っている姿が、多く見られます。

今回、お墓100年プロジェクトを通して、インド仏教の始まりから、日本の古神道を経て日本仏教となるまでを勉強してきました。
それは日本人が、古来から培ってきたお墓への本質でした。

信じること。 そして、想い 感じること。 

昔むかし、鎌倉時代。その当時のお墓をみていて思うんです。
「みんな信じてたんだぁ。 石工は仏師であり、石塔を一生涯かけて造ってたんだぁ。」


現代は、経済が急速に発展し、便利さが追求され、合理化されてきた社会。
今では、捨てるほどモノが便利になり意義が軽くなった分、豊かさが見失われている。

お客さまの子孫も含めて、本当に善いお墓とはどういうものなのか?

石の質。石のデザイン。石の仕上げ。
そのようなものではなく、もっと本来 伝えていくものがありました。

これを読まれている未来の世界は、どのような墓石が造られていますか?
それは、石で造られていますか?
それは、美しいですか?
それは、尊いですか?
そして、その墓石には、お墓参りがされていますか?

今回、お墓100年プロジェクトで勉強したことも踏まえ、
どのような墓石をつくり、そして、どのように遺していくのかが見えてきました。
そして、それらに向き合う多くの仲間がいることもわかりました。

いま、僕たちが生きている社会は、時代の節目。

お墓に行ったとき、元気に笑う子ども達の声。そして、楽しげに水バケツを持ってくる姿。
花を供える母子。 みんなが、手を合わせている姿。

それらを見ていて想うんです。
「かならず、本来の意味も遺していける。
まず私たち石に携わる者たちから、お客さまに伝えていかないと・・・。」。

それは、めぐりめぐって、これを読まれている未来の世界にへと。
読まれている人たちからすると、わたしたちは、なにも出来なかったかも知れない。
でも、その意志を引き継いでくれたら、きっと本来の意味も遺せるはず。

敬具
投稿者:北條保さん(和泉石材)


100年後の石材店へ・・・(1)K.Kさん

拝啓 この手紙を読んでいる石材店の方へ

今のお墓ってどんな形ですか? 材質は何ですか? そもそもお墓ってありますか?
私の世代で建てたお墓は残っていますか? 残っているならそのお墓をどう思いますか?
私達は今、約300年くらい前のお墓を見て美しいと感動し、勉強しています。しかし私の生きた世代で、お墓の形をずいぶん変えてしまいました。私達は、お客様に喜んでもらうためにと思い、地震に強い形や明るいヨーロッパ風のお墓をつくってきました。多分、現時点では喜んでもらえています。ただこうして100年後の石材店への手紙を書いてみると、どこか不安があります。
私達が今、古いお墓を見て美しいと思う感動を100年後の人々が同じ様に思ってくれるでしょうか。私達が建てたお墓を2・3世代後の方々は守ってくれるでしょうか。
もしこの手紙を読んでくれているのなら、お手数ですが、私のお墓に伝えて来てください。
これから私も100年後の皆さんに、勉強してもらえる様な仕事ができる墓石店になりたいと思います。
だから皆さんも、また100年後に残る様な仕事を目指して頑張ってください。

敬具
投稿者:K.Kさん

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