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89、父母の犁念碑瓩縫織鵐櫂

墓参フォトコン2014応募作品

五月初旬。京都府長岡京市にある父母の墓、といっても本人らは存命で、平成十年に購入したものだが、「だいぶ草が伸びてるやろ」と案ずる父の求めで、長男の私が妻を伴って掃除に赴くこととなった。父は九十三歳。海軍仕込みの足腰が自慢だが、さすがにこの歳での山登りはきつい。母は八十八歳。認知症のため介護施設で車椅子生活を送っている。
山の空気は爽やかだった。土地柄、竹藪が多く、杉などがその隙間を埋めていた。高い枝から無数の毛虫がぶら下がる、曲がりくねった山道を一時間以上かけて歩き、昼前ようやく霊園に着いた。
墓掃除は二度目だが、一度目は数年前。父母の墓石がどこか思い出せなかった。事務所で位置を教えてもらい、さらに五分ほど登った。五月晴れの下、様々な濃さの緑がモザイクのように入り混じる山々に囲まれたその区画は、平日ということもあって、他に誰もいなかった。
父に納得させるため、まず雑草が随分と伸びている様子を「使用前」と言いながらカメラに収めた。それから軍手をはめ、雑草をどんどん抜いて玉砂利を整え、最後に、手桶に水を汲んできて、竿石にかけ、「使用後」の写真を撮った。
近くの休憩所で昼食の後、そのまま降りようとして、ふと立ち止まった。「何か足らんなぁ…」。もう一度、墓の所へ行き、私はまた手桶から水をかけ、妻はそばの土手に咲くタンポポを摘んで花立に挿した。空の青と山の緑が一帯の墓石を包み、その中で花弁の黄が控えめに華やいでいた。正午を過ぎた太陽にきらきら輝く角柱。その側面に刻まれた「平成十年七月建之」の文字。「二人が生きてきはった証やね」。妻がぽつりと言った。「ほんまやな…」。
ほどなく人生の終幕を迎える二人。が、それまでにもこの一本の石は、二人が共に戦後の幾山河を越えてきた記念碑として立ち続けるだろう。心の中で、数年間のほったらかしを詫び、「秋にまた来るわな」と約束しながら、山を降りた。

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